川端 – 日本の水文化
滋賀県には、新旭町と呼ばれる町がある。この町では、湧き水から来る水を上水道を通して町中の家が共有している。次の家々に汚い水を流さないため、人々は自然と持続可能な水利用を心得ているのだ。日々の家庭排水を浄化する独特なシステムがこれらの持続的な水利用を可能にしている。
この町の家はそれぞれの家に小さな池を所持しており、そこでコイを飼っている。この空間を総称して「川端」という。これらのコイが食卓から出る食べ糟などを食べてくれるため、人々は洗剤などの化学物質を使う必要がない。そして、浄化された水が次の家へと流れて行くのだ。
持続的な水利用を浸透させるために必要なのは、水のサイクルである。そして、この水サイクルは一コミュニティ程度の規模であることが望ましい。そうすれば、その中に暮らす人々が、水のサイクルへの帰属感を感じられる為だ。ただ単に、「水を汚さないで下さい。」とか「水の無駄遣いをやめましょう。」とかいう啓発では、もはや十分ではない。今必要なのは、水のサイクルを構築することであり、そうすれば人々の生活スタイルは、自然と持続的な水利用に向かうのである。(野口 豪)
In Shiga prefecture, Japan, There is a town called "Shin Asahi-Cho." In this town, all houses share the waterworks together, and its water come from spring water there. In order not to bring dirty water to the next house, people originally have a sense of sustainable water use. A unique system to purify the water comes from daily households supports these sustainable water use.
They have a little pond in each house and have Japanese Koi(fish) in it. This whole space is called "Kabata." These fishes eat scraps, so people don't need to use detergent or other chemicals to wash the dishes and purified water goes to the other houses.
What is important for spreading the sustainable water use is the water cycle. The size of this cycle should be limited to a community level, so that people living in it can feel the sense of belonging to the water cycle. Just advertising the necessity of sustainable water use is not effective anymore. However, creating water cycle leads people to natural change of water using style to the sustainable water use. (Go Noguchi)
写真出典:http://dodo.269g.net/article/3674876.html
コメント
滋賀県の湖西にある安曇川の中流に長尾という集落があり、そこが私の田舎で小さいころは川のアユとり雑木林でのカブトムシ探しが何よりの楽しみでした。このあたりにも同様のコイを飼った池が玄関をはいったとこにありましたが、ここでは「かわと」と呼んでいるようです。地域によって少し呼び方が異なるのかも知れません。先日、有名になった針江にも2度ほどまわり、あっちこっちの川端をのぞかしてもらいました。一口に川端といっても、いろいろな形や形式があって、その個性が興味深かったです。水道という統一規格にない、それぞれの家屋の味わいといものが感じられます。水文化というと少し難しくなってきますが、失われていくものの価値を皆で共有して、育てていけるようになればいいと思います。実際には、ほとんどの家庭で川端を使っているのはおばあちゃんの世代で、若奥さんは、「あんな寒いとこしゃがんでいるのしんどいし、野菜あらうのもほとんど水道です」とかなり現実的なことをおっしゃっていました。おばあちゃんの世代がいなくなると風前の灯の川端はいったいどうなるのか。
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こうした地域の伝統や習慣に根ざした人と水のつき合い方をもっと知りたいです。他にもご存知のものがありましたら、ぜひ教えてください。そういうところにこそ、日本や世界の水問題解決のヒントがいろいろと隠されているような気がします。
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是非是非一度足をお運びください。
かばたのある針江地区は観光地区ではなく、あくまで住宅地なので、地元の方のガイドなしに勝手に家の中まで入ることは出来ません。なので、生水の里委員(http://www.geocities.jp/syouzu2007/index.htm)で一回1000円のツアーを申し込むことが出来ます。
私は平日の2時ごろ開始し、3時半に終わりました。その時間はちょうど子どもたちの下校時間にあたり、子どもたちに会うことも出来ましたのでお勧めの時間です。お電話の際に時間も指定することが出来るはずです。
p.s.私は東京生まれ東京育ちで、水にまつわる神話などは聞いた覚えがありませんが、あれだけ美味しい水を飲んだ今は水の神様が宿っていてもおかしくないな、と思っています。
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詳しくどうもありがとうございます。
集落の6割に残っているのは素晴しいですね。住民の方も大工さんも、きちんとその大事さを伝えておられるのですね。
実は先週、滋賀・彦根に講義で行ってきました。
今回はとんぼ帰りでしたが、新旭町にも伺いたいと思います。
「川端」は家の中にあるようですが、拝見させていただくには、どこかにご連絡して、、、ということで可能でしょうか?
「水辺に神が宿る」との話は、今更ながらすごく大切なことだと思っています。そうでないと、清潔も保てませんね。
水辺に関する縁起や信仰は、70代半ばの私の母が良く言っているのですが、今までは、窮屈だなーと思ってきましたが、最近は、少し見直すようになりました。子供のときには、勘弁してほしいなあと思っていました。こういう世界がわかるようになったのは、年取ったのか、水の知識が少しはついたからなのか??
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コメント有難うございます。
現在この地域(針江)には175軒の家があり、このうち川端の残っているのは100軒以上たということですので、約6割くらいの家に川端があることになります。
また、新築された家でも、川端には神が宿るとされていまして、潰さずに、地下から水を引いている鉄管だけは残していました。町のほとんどの人は飲み水にも川端からの湧き水を利用していまして、味・水道代どちらの面でもそちらのほうがお得な様です。
今週初めに新旭町へ行って参りまして、Photo Libraryに写真を掲載いたしました。
どうぞご覧になって下さい。
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「かわと」は”川戸”でしょうか?あるいは、”と”は、特に意味をもたないけれども、ちょっとしたところ、という接尾語でしょうか?
今日は、我が家は浄化槽の清掃とやらで断水していましたが、水道の蛇口をひねっても出ないだけで結構不安でした。
ともかくも、家のなかを水が流れているというのは、それだけでもちょっとした安心を提供してくれるように思いました。
大分県日田市大山町に調査に先日行きました。知人宅の裏庭に「流水」があるのを発見しました。昔からの農家のお宅なのですが、用水が敷地を流れているなんて・・・。何回もお邪魔しているのですが、家の裏を流れている筑後川上流の大山川を目指して直行してしまうので、小水路には気づきませんでした。
その景色がすごいすごいと感動していたら、家人の方々にもびっくりされました。
日本国内で、まだこのような水の恵みを当たり前としているような地域があるのかもしれません。
| by 清野聡子@東京大学大学院 総合文化研究科) | 05.08 2007 11:47 | url: |