水と石の機能美と豊後の石工 -白水堰堤
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白水堰堤(通称 白水ダム)は、なぜ、風景に溶け込み、かくも美しいのか。
「発展のための水」あり方を考えるヒントになりそうです。
大分県竹田市の山の奥にひっそりとたたずむ農業用水の堰。
流量に応じて、水の文様が変わる、機能と美を併せ持つ構造物。
詳しくは、大分県HPに。
http://www.pref.oita.jp/17209/syoukai/syoukai.html
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<豊後の石工の世界>
「豊後の石工」は、“現地材料を使って”“長期間にわたり機能する構造物をつくる”
“特殊な職人集団ではなく、農村の人々がその才能を持つ”のだと、大分の研究を始めた時期に伺いました。大分県は、全国で一番、石橋が多く残っている地域だそうです。
現地材料の川原の玉石を拾って(→今でいうCSG工法?)、不定形の石材でアーチ橋を造る(→脱幾何学的造形)とは、天才だと思います。
江戸時代後期や明治時代に、身ひとつで親方と各地の用水や隋道、河川改修に参加したといいます。白水堰堤の建造も、ハイセンスの技師の設計と、それを形にした石工たちの技の合作です。
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今回のアジア太平洋水サミットでは、是非、大分の水と石の生活文化の世界を多くの方に見ていただけるといいと思います。
清野聡子(東京大学大学院 総合文化研究科)
コメント
まる@環境NGO さま
確かに、大ダムについての議論は必要だと思います。
ご提示のような内容を、この水サミットで、どのように展開していくべきと思われますか?ご意見をいただければ幸いです。
都会の住民としては、大ダムにお世話にならずに水やエネルギーが得られる方法が、代替案として提示されたら、社会の意思決定はまた異なったものになると思います。
自分の専門でいうと、土砂環境と生物について、大ダムのことも、少しですが研究をしています。ダム堆砂や流量調整による環境影響は、とても深刻だし、その解決のコストも莫大です。よって、上記の代替案があるなら、それを社会が選択していくことは十分ありえると思います。
今までは、そういう事実が社会に認識せず、生まれたときから大ダムを前提とした社会に生きているために、自らもその構造の一部に確かに存在してしまっているというジレンマを抜きに、この問題を語れないと思います。
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アジア太平洋水サミットのブログ。
大ダムでなく、小規模で古典的な堰の話題から書き始めたのは、理由があります。それは、どのような水利施設、サイズ、利用法が妥当なのかを、具体例にもとづいて考えたいと思うからです。
ご存知のとおり、九州は大ダムと地域社会の問題が歴史的にもいろいろありましたし、今もあります。そしてそれに地域外の人がどう触れるかも、非常にデリケートな問題です。
開催地の大分県の山間部は、大ダムによる環境問題や地域社会の変容は、嫌というほど体験してきた場所です。日本中の多くの山間部がそうであるように。
一方で、保守的な地域性ゆえにか、ダム問題に、突破口をあけるような流量増加の運動や解決策もなされてきました。
多くの事例を見ているわけではありませんが、大分県内の大ダムの直下の地域社会の研究を、4年間程度ですが、行ってきました。当然ながら、水サミットが大分で開催されると決まり、大ダムの問題は議論の俎上にのるのが普通だと思いました。
しかし、できたら、地域が抱える大ダムの問題は、地域が自ら発信していただきたいと思っているので、ブログでは書いていません。
研究仲間の大分の山間部の方々は、自分たちで考え抜いて行動をし、意思決定をしてきました。大都市福岡の電源・水源地帯としての大分県山間部は、まさに水資源の越境問題をかかえています。
流量増加への地域から湧き上がる住民の思いの具体性や切実性の強さは、大ダムに関わる強大な産官のセクターの人たちの心を揺り動かしたと思います。
国際的な議論もそうですが、大ダムがある地域の方々が、こういう国内外の議論に参加する機会がない、あるいは、国内外での議論を知る機会がないのは問題だと思います。
アジア太平洋水サミットは、地元だけのものではなく、日本、アジア太平洋、そして世界のものです。
一方で、大分県のような、理念だけでは動かないいささか保守的な地域(すみません)が、本気で受け入れられるような議論であれば、それは本物だと思います。
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ダム・堰堤にもピンからキリまであります。
大分の水文化、伝統的構造物を会議来訪者に見てもらう、会議の機会に合わせて知ってもらうことはそれなりに意味があると思いますが、アジア・太平洋という枠組みで考えた場合、巨大ダムがこれまでにもたらした負のインパクトはもはや否定しようがありません。
2000年11月、独立機関である世界ダム委員会(WCD)が調査報告書を出しています。
世界銀行、地域開発銀行、輸出信用機関および二国間援助機関を含むすべての公的金融機関は、世界ダム委員会のこの勧告を包括的に受け入れるべきと思います。
特に、京都、メキシコなど近年の水フォーラムの中ではこのWCD報告書が軽視されつつある傾向にあることに、強い危機感を感じます。
水問題、環境問題の解決と、巨大ダム開発の促進とは別問題であり、むしろ巨大ダム建設促進によって、アジア・太平洋では水や貧困、環境問題の悪化を招いていると考えます。
WCD報告書について詳しくは:
http://www.mekongwatch.org/resource/documents/pr_20001116.html
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大分県は、石橋が日本一多い地域ということですが、水サミットを機に是非、その見学の機会が増えるといいですね。
先日、長崎県の五島列島に調査に行きました。田畑や家屋の周囲に立派な現地材料による石垣がありました。地元の40代の方に伺ったら、まだその世代でも子供のときに積んだことがあって、石積みは結構誰でもできるんじゃあないの?そんなに大したこと??というお返事。
石積みの技術は、それだけでも結構大事な技術だと思います。
でも、各地でほとんど伝承されずに消えつつあります。
多自然護岸も、空石積ができる職人さんがいなくて、コンクリートを詰めた練石積みが限界、といわれることも多いです。そうなると石積みの隙間が無くなってしまうので、生物の棲みかが出来ないです。
「九州の石工さん登録制度」があったら有難いですね。
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大分県は石の文化の宝庫です。
魔崖仏・石仏・石橋と全国的にみても群を抜いて多い地域です。
これを作るのには多くの石工さんの高度な技術が必要になります。
また最近は県内の棚田も注目され始めており、これも玉石を高く積んでいく石工技術が必要です。しかし、いまでは昔のように石積みを積む仕事がなくなったために技術者不足になっているのが現状です。
このようなすばらしい土木遺産を子供たちにも伝えていきたいですね。
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大分県北部の「豊前の石工さん」の作品も是非見てみたいです。70代の石工さんの後継者を育成する機会はあるのでしょうか?
豊後の石工さんの作品である杵築の河川の玉石護岸を改築・復元しようとしたら、なかなかそういう若手、中堅がみつからない、ということで苦労しました。
豊前だかの工業高校で「石工科」があると以前うかがったことがあります。ご存知でしたら、どなたか教えてください。
天才といわれた豊前・豊後の石工さんを絶やさないように!
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白水堰堤、是非行ってみたいです。大分県に住んで15年、先日初めて知りました。
「豊後の石工さん」は有名ですが、豊前(県北地方)の石工さんもスゴイですよ。もう70代のお二人しか残っていませんが、現役バリバリで頑張っていらっしゃいます。おひとりは、眼鏡橋(アーチ橋)を作ったこともあるそうです。今では、 石工さんも絶滅危惧種だそうで、日本各地から引っ張りだこだそうです。
山国川水系にも石橋は多いです。昔はもっとたくさんあったそうですが、台風で流されてしまったり、崩れかけてコンクリートで埋めてしまったりと、石橋も絶滅危惧種。
山国川のなつかしい写真や石橋の写真を「山国川学習館」(国土交通省山国川河川事務所内)で3月4日まで展示しておりますので、大分中津にお見えの際はお立ち寄りください。
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まる@環境NGO さま
「アジア太平洋の自然や社会の条件に適した水利用」について、今回の水サミットで明確にみえるような議論ができることが望ましいと思います。
前回のメキシコでの世界水フォーラムでも、ダムと環境のセッションはIUCNなどの主催でありました。
日本での第3回ほどNGOや市民の参加がなかったのは、主催国の考え方や政情や雰囲気もあると思います。水に関する支配層しか参加できないようではまずいので、といろいろ工夫もされてはいましたが。
そういう点では、日本で多くのNGOや市民が参加したり、議論をしていたのは、意味がある、という話も出ていました。十分ではないにしろ、過去4回の世界水フォーラムのなかでは、日本での開催でまだその点は確保されていたのだと思います。
メキシコでの第3回世界水フォーラムで、日本の出展ブースでは、水の環境教育や理科教育の資料を配布していました。日本では国民全員が享受するのを前提にしている、そのこと自体への驚きを賞賛もいただきました。国民が環境や科学を理解してしまうと支配しにくくなるから、社会階層を選んで、なんていう発想は、日本の近代教育ではあまり聞きません。
むしろ、理科への無関心をどうするかが問題になっているので、勉強させない、というのはないと思います。
不十分とはいえ、日本がまだフラットな社会であること、自由な議論が確保されること、暴力的な事件がおきにくいこと(水資源開発への反対運動に、物理的暴力以外の迫害は現実にありますが)は、それなりに日本の姿として示す意味はあると思います。
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巨大ダム以外の水資源に関する海外援助として、日本がまだできることはあるのではないかと思います。
そもそもの話として、アジア太平洋の水の問題と、巨大ダムを開発してきた先進国の関係性についても、日本国内にどこまで伝わっているのかも残念ながらわかりにくいと思います。
開催地の大分県は、戦前から大陸の国々や台湾に砂防や農業水利で技術者が多くわたっていたようです。そして、現地との民間交流も続いています。
80歳の方のインタビューをしたことがあります。まさに、豊後の石工の世界で、現地材料をつかいながらの工事だったといいます。
そのときに「日本の海外援助のあり方」についても考えさせられました。
もちろん、伝統技術が万能ではありませんし、大ダムをはじめとする巨大技術を全否定をするわけでもありませんが、相手の国の住民とどのような交流が続いているのか、思いをモニタリングしながら援助が行われてきたのか、は重要な指標になると思います。
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リード組織の実力にもよりますが、抽象概念が多い英語の文書だけだと多くの人に理解される文章としては適切でないと思います。国際会議の文書のスタイルではあるでしょうが。各国の事情も汲み取った内容にするには、詳細なケーススタディにもとづく「実行可能な内容と方法の提案」が、それぞれの国の言語で議論されることが必要だと思います。
「母国語以外の文書で勧告」されたとして、どこまでそれぞれの国の各セクターが噛み砕いて理解できるかも不明です。(日本もふくめて)
残念ながら、今回のテーマCの議論では、そういう問題意識や配慮をリード組織がもっているのかもわかりません。愚痴になりますが、英語での議論にどんどん参加しない国からのインプットは受け付けないかも、というニュアンスもあるのです。
多言語のアジア太平洋で、どうやって非英語が大半の一般の人たちの議論を盛り込むのか。世界水フォーラムで、なぜ、地域ごとの会議ができてきたのか。
「アジア太平洋での多言語での議論の手法」を、トップバッターの日本でつくれればと思います。
国際会議での提言書作りのプロセスに、このテーマCの日本語ブログの結果も反映してくれるように、コーディネーターグループとしては努力します。
日本での多分野や多価値観の議論もしつつ、英語でそれを展開していくのは、結構荷が重いです。そのため、不十分なところもあるかと思いますが、すみません。
日本で、この問題を冷静に議論して、今後、アジア太平洋の水のあり方を考えていければと思っています。
国際的な環境問題に実績をお持ちのNGOの方々には、国際会議での多言語での参加をどうするかを、是非是非、ご提案いただければ幸いです。
| by 清野聡子 | 07.22 2007 00:49 | url: |