近代水道創設期に受けた技術協力から海外に発信できること
皆さんこんにちは。
日本の近代水道は今年で120周年を迎えます。この近代水道の発足時のことについて、何回かに分けて情報を提供していきたいと思います。
これにより、発展途上国への援助について、日本の経験がアジア太平洋地域に発信できればと思います。
さて、日本の近代水道の発足時には、我々日本人には水道に関する技術も知識も十分でなかったため、水道の計画・設計・施工・運営にあたっては、これらを有する外国人技術者に頼らざるを得なかったのが現実でした。
この中で、2名の英国人技術者が有名であります。皆さんも御存知と思いますが、H.S.パーマー(以下「パーマー」とします。)とW.K.バルトン(以下「バルトン」とします。)です。
パーマーは、近代水道発祥の横浜水道の設計・施工を手がけましたし、大阪市、神戸市、東京市、函館区の水道調査を実施しました。
一方、バルトンは、日本の帝国大学の衛生工学口座の教授を勤める傍ら、東京水道の設計や、神戸市、仙台市、名古屋市、広島市、など数多くの水道計画の指導をしました。
この偉大なる2名のことについて今後も書いていきたいと思います。
ところで、多くの外国人技術者が日本で活躍したと思いますが、「我が都市ではこのような方がいて水道の建設に尽力した」「本市の水道はバルトンが基本計画を作成した」といった情報がありましたらぜひ教えてください。
また、外国人技術者から日本人技術者への技術移転について、何かエピソード等がありましたらぜひ書き込んでください。
コメント
トラックバック
このエントリーのトラックバック用URL: http://www.apwf2.org/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/109
*Notice: 全てのトラックバックはサイト管理者及びファシリテーターチームが確認した後で表示されます。ご了承ください。» ガイドライン